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東京地方裁判所 平成4年(ワ)1508号 判決 1998年8月26日

本訴原告(反訴被告)

渡辺弥栄司

右訴訟代理人弁護士

杉浦宏

中森峻治

西田育代司

本訴被告(反訴原告)

丸紅株式会社

右代表者代表取締役

辻亨

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

倉科直文

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、六〇万円及びこれに対する平成四年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴原告(反訴被告)のその余の請求及び本訴被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを一〇分し、その七を本訴被告(反訴原告)の負担とし、その余を本訴原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴請求

本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、一億二四五三万〇六〇五円及びこれに対する平成四年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求

本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、三億八九〇一万七六〇〇円及び内金三億五六〇一万七六〇〇円に対する平成九年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本訴請求は、本訴原告(反訴被告。以下「原告」という。)が、本訴被告(反訴原告。以下「被告」という。)に対し、弁護士である原告、被告及び株式会社フジタ(旧商号フジタ工業株式会社、以下「フジタ」という。)の間で締結された裁定人契約に基づいて原告が裁定判断を行ったことについての報酬の支払を求めている事案であり、反訴請求は、原告が、被告の指摘を無視し、あえて裁定権限の範囲を逸脱して裁定判断を行い、また、被告とフジタとの間の社団法人国際商事仲介協会(以下「国際商事仲裁協会」という。)における仲裁事件等の審理に不当な影響を及ぼすことを認識しつつ、あえて裁定判断書に真実に反する説示を行うなどしたことにより、被告が財産的、精神的損害を被ったとして、不法行為に基づく損害賠償を求めている事案である。

一  基礎事実

1  被告は、フジタを指定下請業者として、イラク共和国政府諸機関(以下「イラク」という。)との間で、昭和五四年七月二九日に高速道路、同年九月一一日及び一二月一八日に下水、昭和五六年四月一二日に病院の各建設請負工事契約(以下「原契約」という。)を締結するとともに、原契約の履行のため、フジタとの間で、昭和五四年九月二〇日に高速道路、同月二七日及び昭和五五年二月一五日に下水、昭和五六年五月二六日に病院の各建設請負工事契約(以下「本件請負契約」という。)を締結し、フジタにおいて、本件請負契約に基づき、右各施設の建設工事(以下「本件工事」という。)を開始した(争いない事実)。

2  ところが、昭和五五年九月にイランと戦争状態に陥ったことによる財政事情の悪化を背景として、イラクが被告を含む債権者に対して支払の繰り延べを求めるようになった昭和五八年ころから、本件工事からの撤退を主張するフジタと完遂を主張する被告との間に紛争が生じ、昭和五九年二月には、フジタが、被告に対して本件請負契約の解除を通告するに至った(争いない事実)。

3  そこで、被告及びフジタは、弁護士である原告を調停人として協議を行った結果、同年一〇月二二日、①被告とフジタが、イラクによる原契約工事代金の支払繰延要請を受諾すること、②高速道路建設工事に関する本件請負契約に基づく工事代金を被告の負担において九七億円増額し、フジタは、右工事を完工すること、③被告は、フジタに対し、フジタが全部又は一部完了している本件工事につき、イラクの検収を受けた工事部分でイラクより支払われるべき工事代金のうちフジタに帰属すべき金額の七〇パーセント相当額を立替払いし、残余の三〇パーセント相当額については、フジタの担保手形と引換えに、返済期限をイラクによる代金支払時期として、利息を付してフジタに融資すること、④③は、今後完工すべき工事についても適用することを骨子とする和解契約(以下「第一次和解」という。)を締結した上で、昭和六〇年一月、東京簡易裁判所において、右内容の即決和解を成立させた(争いない事実)。

4  ところが、昭和六一年一月、イランとの戦争が激化し、更に財政事情が悪化したイラクが、被告に対し、工事前渡金の償還が終了するまでは原契約に基づく工事の出来高金を被告との間の工事代金繰延融資協定に組み入れないと通告したことから、再び被告とフジタとの間で、本件請負契約におけるイラクからの工事代金の回収リスクの負担者が被告とフジタのいずれであるか等をめぐって紛争が生じ、被告が、フジタに対する第一次和解に基づく増額分の工事代金、立替金及び融資金の支払を停止したのに対し、フジタは、本件工事の進行を事実上スローダウンするとともに、昭和六二年五月には、被告に対し、一箇月以内に被告が右支払の再開等の措置をとらない限り本件請負契約を解除すると通告するに至った(争いない事実)。

5  そこで、被告及びフジタは、再度原告を仲介人として協議した結果、昭和六二年一二月一日、①同年九月一六日以降高速道路建設工事の残工事は、ポーランド国ドロメックス社が施工すること、②第一次和解において被告がフジタに増額支払を約束した九七億円については、同月一五日以前のフジタの工事代金に対応する金額を除いて支払わないこと、③残工事に必要とされる費用のうちイラクより支払わない六七億円については、被告が四七億円、フジタが二〇億円ずつ負担すること、④ドロメックス社への工事移管に伴い生ずるフジタ施工済み部分の瑕疵担保責任の期間と内容、海外建設工事保険の名義切替え、工事用資機材の引継ぎ方法、フジタ施工済み部分にかかるイラクに対するクレーム、遅延損害金の償還の処理等の問題は、補足協定書に定めるところにより解決すること、⑤本和解により改訂された部分を除き、高速道路建設工事に関する本件請負契約及び第一次和解は、従来どおりその効力を有することを骨子とする和解契約(以下「第二次和解」という。)を締結した(争いない事実)。

6  被告とフジタは、第二次和解の締結と同時に、被告とフジタとの間の本件請負契約及び本件工事に関する紛争事項(ただし、その範囲については、後記二2のとおり争いがある。)について原告の裁定に従う旨の契約(以下「本件裁定人契約」という。)を締結するとともに、原告との間で、右紛争事項について原告が裁定人としてこれを裁定する旨の契約(以下「本件裁定人契約」という。)を締結した(争いない事実)。

7  第二次和解の内容を記載したものとして作成され、原被告及びフジタが署名押印した昭和六二年一二月一日付け「和解条項」と題する書面(以下「和解条項」という。)及び同日付け「補足協定書」と題する書面(以下「補足協定書」という。)には、次のような条項が存在する(なお、和解条項第一〇条但書により原告の裁定の対象外とされている「特に重要な問題」とは、本件請負契約におけるイラクからの工事代金の回収リスクの負担者が被告とフジタのいずれであるかを決定すること〔以下「代金回収リスク負担者の決定という。〕である。)(争いない事実)。

(一) 和解条項第一〇条(甲はフジタ、乙は被告、丙は原告をそれぞれ指す。)

上記の外、甲乙間に懸案となっている事項につき、甲乙は引続き協議して早急に解決をはかるものとし、協議のととのわない場合は丙の裁定に従うことに同意する。但し、特に重要な問題については丙の裁定の対象外とする。

(二) 補足協定書第一四条

下記の丸紅・フジタ間で懸案となっている事項については、渡辺弥栄司弁護士立合いのもとに丸紅・フジタ間契約に基づき協議を行い、今後三箇月以内に両者間の合意が得られるよう双方努力するものとする。丸紅・フジタ間で協議が整わない場合は和解条項第一〇条の定めに拠る。

(1) 本工事以外のイラクにおけるフジタ既施工済工事(病院・学校・下水等)に係る未収工事代金、クレーム金等決着の件

(2) ドロメックス社に発注するに当たり、当初のドロメックス社見積りの基礎になっていた条件が、フジタの責により変更されることにより発生する費用の件

(3) 本協定書第三条(1)項に掲げる工事代金等の支払遅延に係る利息の件

8  フジタは、平成元年一〇月二六日、原告に対し、被告を相手方として、第一次和解及び第二次和解が現在も有効であることの確認並びに六一億四三〇〇万円の支払を求めて裁定申立てを行ったのに対し、被告は、平成二年一月三一日、国際商事仲介協会に対し、フジタを相手方として、本件請負契約の仲裁条項に基づき、既払の立替金及び融資金の返還を求める仲裁申立てを行った(争いない事実)。

9  原告は、平成二年一一月九日、和解条項第一〇条に基づく裁定権限の行使として、別紙(一)記載の主文による裁定(以下「本件裁定」という。)を行った。なお、本件裁定において、原告が被告に対してフジタへの支払を命じた債権は、別紙(二)の一の1ないし13記載のとおりであるが、そのうち補足協定書第一四条の「丸紅・フジタ間で懸案となっている事項」の三項目についての債権は、13記載の債権だけである(争いない事実及び弁論の全趣旨)。

10  原告は、被告に対し、平成二年二月一六日付け書面により、本件裁定にかかる裁定料(以下「本件裁定料」という。)として、着手料を二〇〇〇万円、原告が裁定を行った場合には裁定の対象となる金額の二パーセント(ただし、着手料を含む総額が一億円を超える場合は超過部分につき1.5パーセント)相当額とする旨の書面による申入れを行い、同年八月三〇日付け書面により、右申入れに基づいて着手料二〇〇〇万円の支払を請求したが、被告は、右着手料の支払をしなかった。また、本件裁定後、原告は、被告に対し、平成三年一月一六日付け書面により、本件裁定料のうち被告の負担分として着手料二〇〇〇万円を含む一億二〇九〇万三五〇〇円の支払を請求したが、被告は、原告に対し、同月二五日付け書面により、同月二一日に当庁に対し本件裁定の取消しを求める訴えを提起したので原告の請求に応じられない旨回答した(争いない事実)。

二  争点

1  本件裁定における判断事項についての原告の裁定権限の有無

(原告の主張)

次のとおり、本件裁定は、いずれも原告の裁定権限内の事項について判断が行われたものである。

なお、仮に、本件裁定における判断事項中に原告の裁定権限外の事項が存在したとしても、原告は、本件裁定人契約に基づいて被告又はフジタから裁定申立てを受けた場合には裁定判断を行う義務を負っていたものであるところ、フジタによる裁定申立後に被告から裁定申立事項に原告の裁定権限外の事項が含まれていると主張された場合であっても、和解条項及び補足協定書の文言からは個々の裁定申立事項が原告の裁定権限内であるか否かを一義的に判断することは著しく困難であったこと、フジタは、裁定申立事項が原告の裁定権限内であることを前提とし、被告も、その一部については原告の裁定権限内であると認めていたことからすれば、原告は、裁定において裁定申立事項が原告の裁定権限内か否かを判断せざるを得なかったのであり、本件裁定における判断内容及びその当否によって原告の本件裁定料支払請求権が否定されるものではないから、原告の裁定権限の有無は、原告の本件裁定料支払請求権に影響を与えるものではない。

(一) 和解条項第一〇条と補足協定書第一四条の関係について

(1) 和解条項第一〇条は、原告が、第二次和解成立時における被告とフジタとの間の懸案事項(代金回収リスク負担者の決定を除く。)について、包括的な裁定権限を有し、かつ、裁定判断を行う義務がある旨の規定であるところ、右の懸案事項の概略は、次のとおりであった。

① イラクが、昭和六一年以降の出来高金をすべて工事前渡金の償還に充て、出来高金を被告とイラクとの間の工事代金繰延融資協定に組み入れることを拒否したことに伴い、被告が出来高の七〇パーセント部分の立替払及び三〇パーセント部分の融資を停止したことによる紛争事項

② フジタがイラクから提案された再度の工事代金繰延協定に同意しないことから、被告が昭和六一年一二月以降の出来高代金についての立替払及び融資金の支払を停止したことによる紛争事項

③ イラク側の工事監理、遅延ペナルティー、クレーム等をめぐる紛争事項

④ ドロメックス社がフジタに代わって残工事を行うことに伴うフジタと被告の一連の清算関係、予想外の工事費増加に伴う負担責任問題及びフジタからドロメックス社への資機材の譲渡、リース等の引継関係の事項

そして、原告が裁定を行った事項は、別紙(二)の一のとおりであるが、1ないし3の各事項は、ドロメックス社がフジタに代わって未了工事を引継ぐに際し、フジタと被告との間で懸案となっていた事項であり(和解条項第七条、補足協定書第六条、第八条)、4、7ないし12の各事項は、フジタが未了工事から手を引くに際し、被告との間で既に行った工事に関する代金清算の問題であり、第二次和解以前から懸案となっていた事項であり(和解条項第二条、補足協定書第三条、第一一条)、5の事項は、フジタと被告の履行補助者であるイラクとの間の紛争事項であり、被告との請負契約解除の理由になっていた事項であって、第二次和解契約当時において懸案となっていた事項であり(補足協定書第九条)、6の事項は、被告との請負契約解除の理由にしていた事項であって、第二次和解成立時において懸案となっていた事項である(補足協定書第一〇条)。

以上のとおり、本件裁定にかかる事項は、いずれも第二次和解成立時における被告とフジタとの間の懸案事項であって、原告が裁定権限を有していたものであった。

(2) ところで、補足協定書第一四条は、和解条項第一〇条の文言との違い及び次のような作成経緯に鑑みれば、第二次和解成立時における被告とフジタとの間の数多くの懸案事項のうち、補足協定書第一四条記載の三項目に限って、早期に解決する趣旨から、特に三箇月間という期限を絞って協議を行い、協議が整わない場合には原告の裁定により解決することを定めた規定にすぎず、原告の裁定権限を制限したものではない。

① 原告は、被告及びフジタに対し、昭和六二年八月に第二次和解案(乙五、甲一七)を提示したところ、被告は、それにほぼ同意した上で、和解条項の内容を実行するための技術的手続的事項等について事務担当者レベルでの協議を望み、その結果、被告とフジタとの間で、和解条項の内容を実行していく上での技術的手続的事項を定めることを目的とする補足協定書を作成するための交渉が開始された。

② 右交渉の過程において、被告は、和解条項第一〇条の裁定対象事項を特定の事項に限定する方法ではなく、特定の事項を除外する方法により原告の裁定権限を制限しようとして、右の意図に沿った補償協定書案(乙一八、甲二四)を提示したが、フジタが、期間を限って協議することには賛同しつつ、被告が主張した特定の事項を原告の裁定権限外とすることには反対する立場から対案(乙一九、甲二五)を提示した結果、昭和六二年一一月一七日、被告において、フジタの意向を尊重して自己の意見を撤回し、最終的に作成された補足協定書(乙三)と同趣旨の、特定の事項を原告の裁定権限の対象外とする条項が存在しない補足協定書案(甲一四)を提示するに至ったのである。右のような補足協定書の作成経緯からすると、補足協定書第一四条が、和解条項第一〇条の原告の裁定権限を制限したものではないことは明らかである。

(二) 本件裁定における判断事項が解決済みであったか否かについて

和解条項及び補足協定書によって、補足協定書第一四条記載の三項目以外の被告とフジタとの間の懸案事項がすべて解決されたわけではなく、第二次和解成立当時、被告とフジタとの間には、右三項目以外にも多くの懸案事項が存在した。例えば、補足協定書第三条及び第一一条には、被告がフジタに対して立替払、融資金及び保留金等の支払を行うと規定されているものの、被告とフジタとの間には、右各金員の性格をめぐる見解の相違があり、協議が紛糾すると右問題が表面化する状況にあったのであり、また、右各条項には右各金員の具体的金額が明示されていなかったため、現実に金額について紛争が生じていた。

(三) 本件裁定における判断事項の一部が和解条項第一〇条但書の原告の裁定権限外の事項であるか否かについて

原告、被告及びフジタは、代金回収リスク負担者の決定については、イラクが支払不能になり、その問題に決着をつける必要が生じる時点までこれを棚上げすることとして第二次和解交渉を行い、かかる経緯の下で和解条項第一〇条但書が設けられ、右問題については原告の裁定権限外とされたのである。しかし、代金回収リスク負担者の決定時期、その時期の決定者及び決定時期に至った時点以降の本件請負契約、第一次、第二次和解及び補足協定書に基づく履行の処理の問題については、被告とフジタとの間の明示の合意が存在しなかったのであるが、原告が代金回収リスク負担者の決定以外の事項について和解条項第一〇条により裁定権限を授与されていたことからすれば、代金回収リスク負担者の決定時期については原告が判断権限を有していたものと解すべきである。

仮に、代金回収リスク負担者を決定する権限を有する国際商事仲裁協会が、右代金回収リスク負担者の決定時期についての判断権限も有していたとしても、原告においては、右協会が決定時期にあることを認定して代金回収リスク負担者を決定するまでは、決定時期に至ったか否かも不明なのであるから、裁定申立てがあれば裁定判断を行なわざるを得なかったものである(原告が、国際商事仲裁協会において代金回収リスク負担者を決定するまで裁定申立てを放置するとなると、被告又はフジタが第二次和解の結果をいつでも実質的に破棄ないし引き延ばせる権限を授与されたと同様の結果になるし、国際商事仲裁協会がいまだ代金回収リスク負担者の決定時期でないとの判断を行ったとすると、原告が裁定を不必要に遅延させたことで被告及びフジタから債務不履行責任を問われることになり、不合理である。)。右の事実に、国際商事仲裁協会が代金回収リスク負担者を決定するまで、原告が、立替金、融資金に関する裁定を行っても特に不都合は生じないことを併せ考えれば、国際商事仲裁協会が代金回収リスク負担者を決定するまでは、別紙(二)の二記載の立替金及び融資金の新たな支払を命ずる部分についても、原告が、第二次和解に基づいて裁定を行う権限を有していたものと解すべきである。

被告の主張は、被告及びフジタがそれぞれ代金回収リスク負担者の決定時期を定める権限を有していることを前提として、右決定時期が到来したことを通告すれば、原告において代金回収リスク負担者の決定に左右される事項の裁定ができなくなるとするもののようであるが、右決定時期以降の処理に関する合意が存在しないことからすれば、右主張は何ら根拠がないものであり、原告、被告及びフジタが代金回収リスク負担者の決定を棚上げして交渉を行ってきた意味を失わせるものであるだけでなく、右主張によれば、被告が代金回収リスク負担者の決定時期であると判断して通告すれば、直ちに立替金及び融資金の支払を行わなくても済むこととなり妥当でない。

(被告の主張)

本件裁定は、次のとおり、別紙(二)の一の13記載の債権の支払に関する事項を除き、すべて原告の裁定権限外の事項について行われたものであるから、原告は、被告に対し、右部分についての本件裁定料支払請求権を有しない。

なお、原告は、仮に、本件裁定においてフジタの裁定申立事項が原告の裁定権限外であると判断されて却下されたとしても、原告の裁定人としての活動に対する報酬支払請求権が否定されるべきものではないと主張するもののようであるが、かかる場合は、原告の裁定権限外の事項について裁定申立てを行ったフジタが、原告に対して何らかの報酬ないし手数料を負担することはあっても、一方的に裁定を申し立てられた相手方にすぎない被告が、かかる裁定権限外の事項についての裁定に対する報酬や裁定費用を支払う義務を負うことはない。

(一) 補足協定書第一四条が和解条項第一〇条を制限していること

和解条項第一〇条の「上記の外、甲乙間に懸案となっている事項」との文言及び以下に述べるような被告、フジタ間に未決着の懸案事項を極力減らそうとした第二次和解の成立に至る経緯に鑑みれば、和解条項第一〇条において原告の裁定権限の対象とされている「懸案となっている事項」とは、和解条項第一ないし第九条及び和解条項と一体となって第二次和解の内容を確定するものである補足協定書によっても解決に至らずに第二次和解成立時において現に存在し引き続き協議を要するものとされた事項(ただし、同条但書で「特に重要な問題」とされ原告の裁定権限から除外された、代金回収リスク負担者の決定の問題を除く。)をいい、具体的には、補足協定書第一四条記載の三項目のみをいうものと解すべきであるから、原告の裁定権限も右三項目のみについて及ぶものと解すべきである。

そして、本件裁定における判断事項は、別紙(二)の一の13記載の債権の支払に関する事項を除き、いずれも右三項目に該当しない。

(1) 昭和六二年六月下旬から開始された第二次和解交渉において、当時被告とフジタとの間に存在した懸案事項のうち、フジタからドロメックス社への工事移管に関する問題については、和解条項第一ないし第八条により、立替金及び融資金の実施等の本件請負契約及び第一次和解の履行に関する問題については、同第九条により、それぞれ合意解決の見込みとなっていたが、かかる状況の下で原告から同年八月下旬に提示された和解条項案には、第一ないし第九条により手当てされなかった懸案事項について協議が調わない場合に原告の裁定に従うべきとする規定(第一〇条)が存在したことから、被告は、詳細な規定を設けて事後の紛争の発生を防止すべきとの立場から右和解条項案の受入れを拒否するとともに、フジタと協議した結果、和解条項第一ないし第九条の実施方法及び右条項により手当てされなかった懸案事項の処理ないし処理方法の取決めは、第二次和解成立時に和解条項と同時に署名押印される補足協定書で行うこととした。

(2) そこで、同年八月下旬から同年一一月末までの三箇月間にわたり、被告とフジタとの間で補足協定書の内容について協議を行った結果、和解条項第一ないし第九条によっては手当てされなかった懸案事項の多くの処理ないし処理方法の取決めを置く補足協定書が作成されるに至った。そして、補足協定書によってもなお解決できなかった懸案事項の処理については、その後の当事者間の協議により解決できない場合に原告の裁定によって解決すべきか否かの点で被告とフジタの意見が対立したが、最終的には、和解条項第一〇条による原告の裁定権限の対象を補足協定書第一四条記載の三項目のみとし、その余の懸案事項については被告とフジタとの間の協議ないし本件請負契約の定めに従って解決することで合意した。かかる経緯により、和解条項と補足協定書は、両者一体となって第二次和解の内容を確定するものとして、同年一二月一日の第二次和解の際に同時に署名押印されたのである。

(3) なお、右補足協定書は、フジタにおける第二次和解交渉の担当者である三橋弘義(以下「三橋」という。)が、原告の裁定権限から除外される事項を明示した被告作成の補遺協定書案(乙一八)について書き込みを行い、これを受けてフジタが作成した、原告の裁定事項を特定した補遺協定書第一四条案(乙一九)が基本となって作成されたものであり、かかる経緯からしても、原告の裁定権限が補足協定書第一四条記載の三項目のみに及ぶものであることは明らかである。

原告は、補足協定書第一四条は、被告とフジタとの間で同条記載の三項目に限って三箇月間という協議期間を定めたことに重点があると主張する。しかし、補足協定書には第一四条以外にも被告とフジタとの間の協議により解決することを定めた規定があるにもかかわらず、協議が調わない場合に和解条項第一〇条の定めによるものとされているのは第一四条のみであることからすれば、同条を単に協議期間を定めたことに意義があるにすぎない規定と解することはできない。

(二) 本件裁定における判断事項が第二次和解成立当時既に解決済みであったこと

本件裁定において被告にフジタに対する支払が命じられた別紙(二)の一の1ないし12記載の各債権の存否については、右各債権についての「具体的規定条項」欄記載のとおり、いずれも第二次和解成立時においては和解条項又は補足協定書の各条項において間題の処理が具体的に規定されることによって基本的に解決していたのであるから、和解条項第一〇条の「懸案となっている事項」には該当せず、当然補足協定書第一四条記載の三項目にも該当しない。

原告は、被告とフジタとの間に立替金及び融資金の性格をめぐる見解の相違があり、協議が紛糾すると右問題が表面化する状況にあったとして、和解条項及び補足協定書によって補足協定書第一四条記載の三項目以外の被告とフジタとの間の懸案事項がすべて解決されたわけではないと主張するが、右立替金及び融資金は、一時的融通金として被告とフジタとの間で合意されたことが明らかであること、右立替金及び融資金の履行の問題は、第二次和解において解決したのであるから、和解条項第一〇条の「懸案となっている事項」には含まれず、原告の裁定権限外の事項であることなどの事情からすれば、かかる原告の主張は、理由がないものである。

(三) 本件裁定における判断事項の一部が和解条項第一〇条但書所定の原告の裁定権限外の事項であること

本件裁定において、被告に対しフジタへの支払が命じられた債権のうち、別紙(二)の二の1ないし6記載の各債権は、立替金及び融資金の新たな支払を求めるものであり、同7及び8の各債権は、イラクからの入金が未了であるにもかかわらず被告に支払を求めるものである。

ところで、本件請負契約においては、イラクからの代金回収の遅延又は不能により代金回収リスクが現実化した場合、被告は、フジタに対し、通産省の貿易保険により填補される保険金を支払えば足りるとされており、通産省の貿易保険の取扱認定が大きな意味を持っていたところ、平成元年六月にイラクとの新たな繰延協定について右貿易保険の内容変更申請が拒否されたことにより、通産省が保険事故認定を行い、さらに平成二年夏以降の湾岸戦争の結果、イラクの債務不履行状態が確定し、代金回収リスクが顕在化するに至ったのであるが、かかる状況の下で、前記のとおり本件裁定において、被告に対し、フジタへの立替金及び融資金の支払を命じることは、代金回収リスク負担者についての実質的判断を前提とするのでなければ行い得ないことであって、和解条項第一〇条但書の原告の裁定権限外の事項であるから、本件裁定のうち別紙(二)の二記載の各債権の支払を命ずる部分は、和解条項第一〇条但書の趣旨に反し、原告の裁定権限を逸脱するものである。

2  本件裁定人契約を有償とする合意の有無

(原告の主張)

次の事実からすれば、本件裁定人契約の締結に際し、原告、被告及びフジタの間で、黙示的に本件裁定人契約を有償とする合意が行われたものと解すべきである。

(一) 原告は、弁護士であり、第一次和解及び第二次和解の際に報酬を請求して受領するとともに、本件裁定人契約締結後の昭和六三年一〇月一一日に裁定(以下「前裁定」という。)を行った際にも報酬を請求して受領した。

(二) 仲裁人に仲裁を依頼する仲裁人契約が通常は有償であること、本件裁定人契約については、契約締結以前から外国における大規模建設工事に関する難解な紛争事項について裁定を行うこと及び右裁定には多大な労力と費用を要することが予想されていたことからすれば、被告及びフジタは、有償であることを黙示的に認めた上で原告との間で本件裁定人契約を締結したものと解される。

(三) 原告は、被告に対し、本件裁定を行う以前から、原告が裁定を行うと費用が掛かることを理由の一つとして、被告とフジタとの間の協議によって紛争事項を解決するよう再三にわたって説得しており、裁定を行った場合には費用が掛かることを明言していた。

(被告の主張)

原告は、弁護士としてではなく、被告及びフジタの各代表取締役社長と旧知の間柄にある者として裁定人となることを承諾したこと、原告は、第一次和解においては調停人、第二次和解においては仲介人として関与したのであって、それらについて受領した報酬は裁定人の報酬とは異なるし、前裁定は、本件裁定人契約に基づくものではなく、また、以上についての報酬の支払は、いずれも個別かつ明示の合意に基づくものであったこと、第二次和解において原告に付与された裁定権限の対象事項は、第一次和解及び第二次和解への関与により多額の報酬を得ていた原告のアフターサービスの範疇に入るべきものであることなどからすれば、原告、被告及びフジタの間で、本件裁定人契約について黙示的に有償とする合意が行われたとの事実は存在しない。

3  原告が被告に請求し得る具体的な本件裁定料額

(原告の主張)

(一) 原告と共に第二次和解交渉に関与していた弁護士である杉浦宏(以下「杉浦弁護士」という。)と被告の第二次和解交渉の担当者である日高俊朗(以下「日高」という。)は、平成二年二月二一日、本件裁定料として、着手料二〇〇〇万円、原告が裁定を行った場合は、右着手料に加えて裁定対象金額の二パーセント(ただし、着手料を含む総額が一億円を超える場合には超過部分については1.5パーセント)相当額を支払う旨の合意をした。

被告は、平成元年二月二〇日付け書面により原告の本件裁定料の算定方法の申入れを拒絶した事実を挙げて右合意の不存在を主張するが、右書面は、原告に対する回答を拒否したものにすぎず、それにより原告の申入れを明確に拒絶したものとはいえない。また、被告は、右文書において原告の裁定権限を争っているが、仲裁人は当事者に異議がある場合であっても仲裁判断を行う権限を有する(旧民事訴訟法七九七条)ことからすれば、被告の右書面による主張は何ら意味を持たないものである。

(二) 仮に、右合意が認められないとしても、前記2の原告の主張(一)のとおり本件裁定人契約が有償であると認められること、前記(一)の算定方法に基づいて算定した本件裁定料が、平成二年当時の日本弁護士連合会の報酬等基準規程及び第二東京弁護士会仲裁センターの仲裁手数料規程により算出された金額との関係においても特に過大なものとはいえないことからすれば、被告は、原告に対し、本件裁定料として前記(一)の算定方法に基づいて算定した金額を支払う義務を負うものと解すべきである。

(三) 本件裁定における裁定対象金額は、六一億四三〇〇万円であるから、前記(一)の算定方法によれば、原告の請求し得る本件裁定料は、一億一二一四万五〇〇〇円となるが、原告は、本件裁定において、被告に対し、右裁定対象金額の約九割に相当する五五億八〇七六万九六六九円の支払又は融資を命じたのであるから、被告の負担すべき具体的な本件裁定料は、その九割に相当する一億〇〇九三万〇五〇〇円であり、被告は、原告に対し、右金員に着手料二〇〇〇万円及びそれらに対する当時の消費税(右金員の三パーセント相当額)を付加した金額である一億二四五五万八四一五円のうち一億二四五三万〇六〇五円及びこれに対する本訴状送達の翌日である平成四年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

(被告の主張)

(一) 被告は、フジタによる裁定申立ての後である平成二年一月三一日に、被告が従前フジタに支払った立替金及び融資金の返還を求めて国際商事仲裁協会に対し仲裁を申し立てることにより、原告が裁定を行うこと自体を明確に拒否するとともに、原告の平成二年二月一六日付け書面による本件裁定料の算定方法の申入れに対し、同月二〇日付け書面により右算定方法を受諾すべき立場にないとの態度を明示したのであるから、それらの責任者である日高が、その直後に原告主張のような合意をすることは考えられない。

(二) 原告は、日本弁護士連合会の報酬等基準規程のうち通常訴訟事件等の場合の報酬基準を根拠として、その主張する着手金を含めた本件裁定料が相当であると主張するが、右報酬基準は、弁護士が対立当事者の一方の代理人として他方当事者と争い、その結果が依頼者に有利である場合に初めて得られる成功報酬についての基準であるところ、裁定人の行う裁定に対する費用の性質は手数料であるから、右報酬基準を本件裁定料の相当性の根拠及び着手金の請求根拠とすることはできない。また、原告が同様に本件裁定料の相当性の根拠とする第二東京弁護士会仲裁センターの仲裁手数料規程については、着手金についての規程は存在しないし、原告が本件裁定料の支払について合意が成立したと主張する日の後に制定されたものであって、これをも右制定の翌年には仲裁成立報酬の金額を大幅に減額する改正が行われていることからすれば、それにより本件裁定料の相当性を判断し得るものではないし、右改正前の仲裁手数料規程における申立費用、仲裁期日費用及び仲裁成立報酬の合計額と比較しても、原告主張の本件裁定料は極めて過大である。さらに、原告が、第一次和解及び第二次和解につき調停人ないし仲介人として被告から受領した報酬がそれぞれ三〇〇〇万円であり、それらとは別に被告から月額二〇万円の顧問料を受領していたことからすれば、原告主張の本件裁定料が相当額をはるかに超えたものであることは明らかである。

なお、裁定料の負担方法は均等が原則である(民法四二七条)ところ、本件においては、原告がその負担割合を裁量により自由に定め得るとか、被告が大部分を負担するとの合意は存在しなかったのであるから、本件裁定料の大部分を被告が負担するものとする原告の主張は失当である。

(三) 本件裁定のうち別紙(二)の一の13記載の債権の支払に関する事項は、原告の裁定権限内の事項であるが、右債権額が裁定申立合計額の0.3パーセントにすぎないこと、原告はフジタから着手金名目で二〇〇〇万円の支払を受けていることからすれば、原告は、被告に対し、右事項についての本件裁定料の支払を求めることはできないと解すべきである。

4  原告による本件裁定が不法行為を構成するか

(被告の主張)

(一) 前記1の被告の主張のとおり、本件裁定は、別紙(二)の一の13記載の債権の支払に関する事項(対象金額一七四〇万四六四三円)を除き、すべて原告の裁定権限外の事項について行われたものであるところ、原告は、裁定権限外であるとの被告の事前の指摘を無視して、あえてかかる裁定権限の範囲を大幅に逸脱した裁定を行ったものである。

(二) 原告は、被告とフジタとの間の国際商事仲裁協会における仲裁事件等の審理に対して不当な影響を及ぼすことを認識しながら、あえて裁定判断書の理由部分において、多岐にわたって真実に反する説示を行ったり、裁定申立事項を判断する上で不必要かつ不適切な説示を行うことにより、殊更にフジタの立場を擁護したり、被告に対する一方的かつ不当な評価を行ったものである。

(三) 被告は、原告の前記(一)及び(二)のような故意又は過失に基づく不法行為によって次のとおりの損害を被ったのであるから、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、右損害合計額である三億八九〇一万七六〇〇円及び内金三億五六〇一万七六〇〇円に対する反訴状送達の翌日である平成九年九月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

(1) 被告は、原告の前記(一)及び(二)の不法行為の結果、本件裁定につき仲裁判断取消請求事件(当庁平成三年(ワ)第五四一号)を提起するとともに、フジタが提起した執行判決請求事件(当庁平成三年(ワ)第一二三三六号)に応訴することを余儀なくされ、平成八年九月一〇日に右各事件が取り下げられるまでの六年間訴訟を追行する負担を強いられた。

右の点についての被告の損害は、右仲裁判断取消請求事件の申立手数料である二六〇一万七六〇〇円を下らない。

(2) 被告とフジタとの間には、前記(1)の訴訟事件の他に、被告申立てにかかる国際商事仲裁協会東京九〇―〇二号仲裁事件、同東京九二―〇五号仲裁事件、当庁平成四年(ワ)第一八六〇五号融資金返還請求事件、当庁平成五年(ワ)第九四四一号仲裁人忌避請求事件及びフジタが新たに被告を相手方として平成五年四月二二日に原告に申し立てた裁定申立事件が存在したところ、右各事件は、国際商事仲裁協会における強い勧告を受けて平成八年九月一〇日に被告及びフジタとの間で、①被告がフジタに対し和解金三三億三〇〇〇万円を同年一二月二五日限り支払うこと、②将来イラクから入金があったときは被告が取得すること、③前記各事件は相互に取り下げることを骨子とした和解が成立した(同日、和解と同内容の仲裁判断を受けた形をとった)ことにより終了したものであるが、右各事件において、フジタは、本件裁定を有効であるとしてこれを援用するとともに、裁定判断書の理由部分に記載された真実に反する原告の説示等を自己に有利なものとして繰り返し引用したことにより、全体の審理の長期化を招くとともに、国際商事仲裁協会の審理と和解方針に不当な影響を与え、被告は、フジタに対する一〇〇億円を超える立替金及び融資金の返還請求並びに四〇億円を超える瑕疵担保責任に基づく請求が認められないばかりか、さらに三三億三〇〇〇万円をフジタに支払うという極めて不利な解決を受け入れることを余儀なくされた。

右の点についての被告の経済的及び精神的損害は、右和解の結果フジタに支払うこととされた三三億三〇〇〇万円を下らないが、本訴においてはそのうち三億三〇〇〇万円を請求する。

(3) 反訴提起にかかる弁護士費用

三三〇〇万円

(原告の主張)

(一) 原告は、被告とフジタとの紛争を、原告の裁定という手段によることなく当事者間の協議によって解決することを切望して、裁定手続の開始を遅らせていたこと、被告は、原告が裁定手続を開始するに当たり、裁定人の中立性を担保する目的で法曹界の重鎮を含む第三者を裁定人に加える用意があることを申し入れていたにもかかわらず、右申出を拒否したことからすれば、原告の中立性の欠如を理由とする被告の主張は理由がない。

(二) 被告とフジタとの間で平成八年九月一〇日に成立した和解の内容は、本件裁定の内容にほぼ沿うものであったことからすれば、被告が右和解成立までに要した訴訟費用及び弁護士費用は、被告が不当な抗争をしたことによって生じたものであって、原告の行為との因果関係は存在しない。

(三) 原告の本件裁定判断書における説示が、国際商事仲裁協会及び当庁における審理等に影響を与え、事実誤認を導くことは考えられないし、そもそも被告の主張からは、原告のいかなる説示がどのような事実誤認を導いたのかが明らかでない。また、和解は、当事者間の合意により成立するものであって、裁定人の斡旋内容がその和解内容に大きく影響するとは考え難いことからすれば、本件裁定判断書の内容と被告主張の損害との間には因果関係は存在しない。

第三  争点に対する判断

(なお、判断中に記載した日付のうち、年号の記載のないものについては、いずれも昭和六二年である。)

一  争点1について

1  本件においては、裁定人契約に基づく裁定人の裁定権限の範囲について争いがあるところ、その最大の争点は、和解条項第一〇条に定められた原告の裁定権限の範囲は、補足協定書第一四条に定める三項目に限られるのか、そうではないのかという点である。そしで、右の点については、和解条項(甲一)及び補足協定書(乙三)上一義的に明らかでないことから、まず、本件裁定人契約の締結に際し、原告、被告及びフジタの三者間において、いかなる経過で、第二次和解において、和解条項及び補足協定書を締結するに至ったかについて検討を加える。

2  証拠(甲一、一〇、一六、一八、二一、二二、二六、二七、乙三、二三、二四、二七、三一、三二、四二、四五、五六、五七、証人日高、同石川及び以下個別に掲記する証拠)によれば、以下の事実を認めることができる(なお、以下のとおり原告、被告及びフジタが提示した和解条項案ないし補足協定書案の具体的な内容は、別紙(三)のとおりである。)。

(一) 第一次和解締結後、フジタに対する第一次和解に基づく増額分の工事代金、立替金及び融資金の支払を停止した被告に対し、フジタは、本件請負契約の解除の通告をもって対抗し、被告とフジタとの間には再び紛争が生じ、原告は、両当事者を斡旋仲介するように要請を受けて、六月二二日ころから原告の仲介により第二次和解交渉が被告とフジタとの間で開始された。

原告は、イラク高速道路工事をフジタからドロメックス社に引き継ぐこと、それに伴い、被告は、フジタに対し、第一次和解によって増額した工事代金のうち、既に支払を予定した金額を除き支払わないこと、ドロメックス社の追加工事代金が六七億円を要することを想定し、被告が四七億円、フジタが二〇億円を負担することなどを骨子とする和解条項案(乙五)をまとめ、被告とフジタに提示し、原告がフジタの社長に会って、右和解条項案に沿って和解を行うことの了解を得、被告の交渉責任者であった中川五郎常務取締役には被告部内においても右和解条項の方向で取りまとめる努力を行うことを約束させた。

原告は、同月二六日、八月七日に提示した和解条項案(乙五)の修正案として、被告とフジタとの間の懸案事項について包括的に原告の裁定権限を認める条項(第一〇条)やドロメックス社への追加工事代金六七億円の拠出方法、右代金に残額が生じた場合の配分割合、右代金で工事を完工できない場合の解決方法について原告の裁定権限を認める条項(第四条ないし第六条)を置く和解条項案(甲一七〔乙一〇と同じもの〕)を被告及びフジタに提示した。しかし、被告は、右各条項案について、ドロメックス社がフジタに代わって高速道路建設工事の残工事を行い、工事代金の不足分について被告及びフジタの双方が拠出するとの基本的方針についてはおおむね同意したものの、右各条項案は、懸案事項の処理について曖昧ないし先送り的な表現を用いている点で内容的に不十分であるから、和解条項の解釈をめぐってフジタとの間で紛議が生じることのないよう明確な取決めを行うよう交渉すべきとの意見を有していたことから、同月二八日、乙五の対案として、早期解決の趣旨から二箇月以内に解決すべき具体的懸案事項として三項目を挙げた条項((9))など乙五より詳細な規定を置く確認書(乙一一)を原告及びフジタに提示したが、杉浦弁護士から和解という形をとるよう求められたために再度内容の検討を行い、九月一日、懸案事項の処理について原告の裁定という手段を採用することを限定するという被告の立場から、懸案事項については協議により解決するものとし、原告の包括的な裁定権限を認めない条項(第一六条)を加えた和解条項案(乙一二)を原告に提示した。

(二) これに対し、同月三日に杉浦弁護士から、原告が作成した和解条項案(乙五)については、既にフジタ社長の同意を得ているのでこれを尊重し、大幅な修正を行うことなく和解条項とし、他に第二次和解の内容とすべき事項があるなら、別の契約書(補足協定書)において規定するよう求められたことから、被告は、同月九日ころ、甲一七に修正を加えて、懸案事項について被告とフジタとの協議が調わない場合は原告の裁定に従う旨の条項(第一〇条)のうち原告の裁定に従う旨の文言を削除し、追加工事代金の拠出方法及び右代金で工事が完工できない場合の解決方法について原告の裁定権限を削除する(第四条、第六条)などした和解条項案(乙一三)と、二箇月以内に解決すべき具体的懸案事項として三項目を挙げた条項(第一一項)及びその他の懸案事項については協議により解決するものとし、原告の包括的な裁定権限を認めない条項(第一二項)などを含み、乙一二に規定した内容のうち乙一三に盛り込むことができなかった具体的事項について詳細に定めた補足協定書(乙六)を原告に提示した(なお、乙六は、原告を通じてフジタに提示されたが、乙一二及び一三は、フジタには提示されなかった。)。

(三) これに対し、フジタは、同月一八日、原告の補足協定書案(乙六)記載の事項については、まず、原告作成の和解条項案(甲一七)について合意をした後に、原告の仲介の下で協議すべきとの考えを示しつつ、右協定書案に対し、懸案事項の処理について原告の裁定の余地を認めるべきとの意見(乙一六)を原告及びフジタに提示した後、同月二四日、フジタとして早期解決を求める事項として、七項目の具体的懸案事項を挙げた上で、右事項のみならずその余の懸案事項及び将来的な懸案事項についても包括的に原告の裁定の余地を認める条項(第一二、一三条)を置く補遺協定書案(乙一七)を提示した。被告は、一〇月九日に対案として、フジタの挙げた七項目の具体的懸案事項については一定の配慮を示し、右懸案事項の処理については原告の立会いの下協議を行うが、右協議が整わない場合には、原告の裁定の余地を否定して国際商事仲裁協会の仲裁によることとし(第一三項)、その他の懸案事項や将来の懸案事項についても同様の趣旨を定めた(第一五項)補足協定書案(乙二〇)を提示したが、それに対してフジタは、同月二二日及び二三日に、原告の裁定に関する条項について乙一七と異なるところがない補遺協定書案(乙二一、二二)を提示した。

(四) その間、同月一三日に、被告が、当時未解決の問題として両者間に存在していた代金回収リスク負担者の決定の問題について、右問題が未解決であること及び右問題については原告の裁定の対象外とし、国際商事仲裁協会の仲裁によることを確認する文言を和解条項又は補足協定書に加えるよう要求したことから、和解条項についてはフジタ社長の承認を得ているのでこれを変えることはできないとして拒否するフジタとの間で、原告を介して右の問題について協議が行われた結果、原告は、一〇月一六日、和解条項においては、原告の包括的な裁定権限を認める条項を残しつつ(第一〇条本文)、代金回収リスク負担者の決定の問題を意味する「懸案事項のうち特に重要な問題」については、原告の裁定対象外の事項とすることを明示した但書を設け、別に、原告が「特に重要な問題」とは、代金回収リスクの負担者が被告、フジタのいずれにあるのかの問題であることの確認文書を交付するとの提案を行い、一一月五日、被告とフジタとの間において合意に至り、これにより和解条項の内容が確定した(一一月一六日に和解条項案の最終案〔甲二三〕が原告から提示された。)。

(五) その後は、専ら補足協定書の内容についての検討が行われることとなったが、被告は、和解条項上は、代金回収リスク負担者の決定の問題以外の懸案事項については原告の裁定の余地が認められたことを受けて、補足協定書による原告の裁定権限の範囲の限定を実現すべく、同月一一日、新たに補遺協定書案(乙一八)を提示し、それまでフジタから具体的懸案事項として提示されていた事項の一部を含め、和解条項案及び補足協定書案のその他の条項で記載されている項目以外で、当時被告が懸案事項として認識していた事項のすべてを八項目として明示的に掲げた上で、それらを原告の裁定対象から除外する旨明示し(第一四条)、さらに、それまでフジタが一貫して提示していた、その余の懸案事項及び将来的な懸案事項についても原告の包括的な裁定権限を認める条項を削除することによって、和解条項によって認められた原告の裁定の余地を補足協定書によって事実上失わせようとした。

(六) これに対し、フジタは、同日ころ、乙一八の第一四条記載の具体的懸案事項のうち、④フジタが被告に請求した追加クレーム金支払の件、⑤フジタ所有の工事用機材をドロメックス社に賃貸及び売却する際の条件決定の件、⑥高速道路建設工事以外のイラクにおけるフジタの既施工済工事にかかる未収工事代金、クレーム金決着の件、⑦ドロメックス社に発注するに当たり、当初の見積金三三億円を超えて予想外に発生した費用の件(ただし、フジタは、右費用を、見積りの基礎となっていた条件がフジタの責任により変更されたことによって発生した費用に限定すべき旨主張した。)及び新たにフジタが具体的懸案事項として追加した、⑨アイドリング費用の件については、いずれも原告の裁定対象から除外することはできない旨主張したが、その余の、①被告が発注済みのガードレールの件、②非常電話設備の精算の件、③被告とフジタとの間における業務協定の費用の件、⑧その他技術的及び宗教的問題(ただし、フジタは、「宗教的問題」を「実務的問題」と修正するよう主張した。)については、原告の裁定によらずに実務レベルにおいて解決することが妥当な事項として、原告の裁定権限から除外することを了解した。

(七) そして、その後の具体的懸案事項の処理方法についての協議の過程において、フジタは、前記⑤の事項については、補足協定書第八条にその処理方法を規定することにより、また、同⑨の事項については、原告の裁定によらずに実務的に解決することを了解し、同月一三日ころ、第一四条に関して新たな補遺協定書案(乙一九)を提示したが、右補遺協定書案においては、被告が乙一八の第一四条において提示したように原告の裁定対象から除外する項目を掲げるのではなく、フジタが既に提案していた乙二一、二二と同じように、残りの三項目(前記④、⑥及び⑦)に加えて、新たに、フジタの既成工事部分についての工事代金等の支払遅延にかかる利息支払の件及びフジタの瑕疵担保責任期間等の件の五項目について、懸案事項として、原告立会いの下、被告とフジタとの間において協議を行い、今後二箇月以内に合意が得られるように努力するが、両者間で協議がない場合は和解条項第一〇条の定めによる旨を規定した体裁になっていた。

被告は、乙一九の規定の体裁については異論を唱えず、その後の被告とフジタとの協議の過程において、前記④の事項については、補足協定書第一〇条(3)及び(4)にその処理方法を規定することとし(甲一四)、また、フジタの瑕疵担保責任期間等の件についても、同第五条(2)に規定することとして(甲二五)、いずれも第一四条に定める懸案事項から除外することになり、一方、フジタは、乙一九を提示してからは、その余の懸案事項及び将来の懸案事項について原告の包括的な裁定権限を認める条項を補足協定書からは削除して提示しなくなり、その結果、補足協定書(乙三)にも右のような条項は置かれなかった。

(八) 以上のような経緯を経て、補足協定書第一四条(乙三)には、高速道路建設工事以外のイラクにおけるフジタの既施工済工事にかかる未収工事代金、クレーム金決着の件、ドロメックス社に発注するに当たり、当初の見積りの基礎になっていた条件がフジタの責任により変更されたことによって発生した費用の件及びフジタの既成工事部分についての工事代金等の支払遅延にかかる利息支払の件の三項目が被告とフジタとの間の懸案事項として残され、被告とフジタとの間に協議が整わない場合は、和解条項第一〇条の定めによるものとして原告の裁定に従うこととされ、一二月一日、原告、被告及びフジタの間において、和解条項(甲一)及び補足協定書(乙三)が調印されるに至り、同時に、被告とフジタとの間でイラク高速道路工事に関する通産省の輸出保険の契約者、被保険者及び保険金受取人をフジタから被告に変更する覚書(乙一四)が締結され、原告は、被告及びフジタに対し、和解条項第一〇条但書の「特に重要な問題」とは、イラクに対する諸工事に関する代金回収リスクの負担者が被告とフジタのいずれにあるかの問題を意味すること(乙四)、被告がイラクとの間に繰延協定を締結することをもって、フジタは、代金回収リスクが被告にあるとの論拠としないこと(乙三九)の書簡を発した。

3  次に、和解条項及び補足協定書並びに乙一八の提案以後の交渉経過について、被告及びフジタはどのように理解し、主張していたかについて検討する。

(一) 証拠(甲一六、一七、一九、二一、二六)によれば、フジタ及び交渉に当たったフジタの社員は、和解条項第一〇条及び補足協定書第一四条並びに被告との交渉経過について、次のように理解していたと主張ないし供述していることが認められる。

被告から八項目の懸案事項を原告の裁定対象から除外することを定めた補遺協定書案(乙一八)の提案を受けて、フジタは、和解条項から代金回収リスク負担者の問題を原告の裁定対象から外すことに成功した被告において、さらに、原告の裁定対象の範囲を狭めることを企図したものと受け止め、右八項目のうち、実務担当者の協議に任せてよい事項については同意したものの、被告とフジタとの間の懸案事項について、両者に協議が整わない場合には、包括的に原告の裁定によるという基本的立場を堅持し、従前フジタが提示していた条項と同じ体裁の規定を有する補遺協定書案(乙一九)を提示したところ、被告は、原告の裁定対象から懸案事項を外すことを骨子とする被告提案の補遺協定書案(乙一八)での検討をあきらめ、フジタが提案する補遺協定書案(乙一九、甲一四、二五)に従って、その後フジタとの間で、原告の裁定対象の項目を検討するに至ったのであるから、補足協定書第一四条は、和解条項第一〇条に定める原告の裁定対象事項を三項目に絞り込んだものではなく、特に、三箇月という短期間内に協議して合意が得られるように双方が努力をし、協議が整わなかった場合に、和解条項第一〇条によることを定めた規定であるとフジタは理解していたし、被告においても右のように理解していたはずである。

そして、和解条項及び補足協定書に定めた事柄も、自己完結型の規定になっておらず、被告とフジタとの間の後日の協議に委ねられたものが多く(例えば、補足協定書第三、第五、第六、第八ないし第一〇、第一三、第一四条)、和解条項及び補足協定書において、懸案となっている事項が解決したとは到底いうことができず、これらの条項も潜在的懸案事項であるから、原告の裁定対象事項から除外されたことにはならない。さらに、比較的技術的、実務的問題などは被告とフジタとの間の協議で解決できるし、できる限りそうすべきであるが、しかし、それらが和解条項第一〇条の原告裁定対象事項から外れ、国際商事仲裁協会の管轄事項となったと理解することは誤りである。フジタと被告との交渉で、補足協定書第一四条に掲げないことにした①被告が発注済みのガードレールの件、②非常用電話設備の精算の件、③被告とフジタとの間における業務協定の費用の件、④その他の技術的問題及び宗教的問題(実務的問題)についても、単に補足協定書第一四条に入れないとしただけであり、和解条項第一〇条本文は原案どおり維持されたのだから、フジタと被告との協議ができなかったときには、原告の裁定に委ねることになるのである。

フジタが補遺協定書(乙一九)を提示してから、被告とフジタとの間のその余の懸案事項及び将来の懸案事項について原告の包括的な裁定権限を認める条項を補足協定書から削除したのは、和解条項第一〇条が包括的な裁定条項なので、補足協定書にはこれを設ける必要がないと考えたためであり、これを削除したことが和解条項第一〇条の解釈に影響を及ぼすものではない。

(二) 一方、証拠(乙二四、三七、五七、証人石川)によれば、被告及び交渉に当たった被告の社員は、和解条項第一〇条及び補足協定書第一四条並びに被告との交渉経過において、次のように理解していたと主張ないし供述していることが認められる。

和解条項第一〇条に定める原告の裁定対象から、代金回収リスク負担者の決定の問題を外すことができたが、同条は、それ以外の懸案事項について原告の裁定の余地を残していたので、補足協定書により、原告の裁定事項を実質的に零にすることを企図して、被告は、懸案事項として八項目を掲げた上で、それらを原告の裁定対象から除外する旨を明示した補遺協定書(乙一八)を提案した。被告は、右提案に当たって、和解条項案及び補足協定書案その他の条項で手当をされた事項は、既に解決された事項であるから和解条項第一〇条にいう懸案事項ではなくなったと理解しており、当時、それ以外で被告とフジタとの間において協議を必要とする事項のすべてが、右八項目と考えていたので、これを原告の裁定対象から外すと、原告の裁定事項を実質的に零にすることができると考えていた。被告は、右提案を受けたフジタにおいて、八項目のうち、原告の裁定対象とする項目と対象外とする項目に分け、裁定対象にする五項目だけを掲げて和解条項第一〇条の定めによる旨の補遺協定書案(乙一九)を提案し、さらに、乙一九の提案以降には、従前フジタが補遺協定書案に入れていたその余の懸案事項及び将来の懸案事項について原告の包括的な裁定権限を認める条項を削除してきたので、被告は、右補遺協定書案によって、和解条項第一〇条による原告の裁定対象は、右五項目に絞られた(なお、最終的には、補足協定書によって三項目に絞られた。)と理解して、和解条項及び補足協定書に調印した。

(三) そこで、フジタの和解条項第一〇条及び補足協定書第一四条並びに被告との交渉経過についての理解について検討するに、フジタは、和解条項及び補足協定書に定められた事柄についても、被告とフジタとの間で協議が整わなかった場合には、すべて懸案事項となり、原告の裁定対象事項となると考える(本訴における原告の主張も同様である。)のであるが、まず、和解条項においては、第一〇条以外の規定には、原告の裁定に従うべきときには、原告の裁定に従うということが明記されている(和解条項第五、六条)のであり、また、和解条項第一〇条には、「上記の外、甲乙間に懸案となっている事項につき」という表現がとられていることを考えると、和解条項第一〇条以外の規定において定められた事項に関して、被告とフジタとの間に協議が整わなかった事項に関して、被告とフジタとの間に協議が整わなかった場合に、すべての事項が原告の裁定対象になるとの考えにはいささか疑問が残る。

さらに、フジタは、補足協定書第一四条に掲げないことにした①被告が発注済みのガードレールの件、②非常用電話設備の精算の件、③被告とフジタとの間における業務協定の費用の件、④その他の技術的問題及び宗教的問題(実務的問題)についても、単に補足協定書第一四条に入れないとしただけであり、和解条項第一〇条本文は原案どおり維持されたのだから、フジタと被告との協議ができなかったときには、原告の裁定に委ねることになるとするが、右事項は、被告から原告の裁定対象外とする旨提案されて、フジタにおいてこれに同意した事項であるから、この点に関して、被告とフジタとの間に協議ができなかったときには、原告の裁定対象になるとのフジタの見解は明白な誤りというほかない。

また、フジタが、補足協定書から、被告とフジタとの間のその余の懸案事項及び将来の懸案事項について原告の包括的な裁定権限を認める条項を削除したことについて、和解条項第一〇条に原告の包括的な裁定権限を定めた規定が存在するので、結論を左右するものではないとするが、被告及びフジタとの交渉においては、和解条項第一〇条に定める原告の裁定権限の範囲をめぐって攻防が続いており、右条項の解釈自体が問題となっていたのであるから、右のように直ちに断定することはできないし、少なくとも、右条項の削除が、被告において、和解条項第一〇条を自己に有利に解釈する根拠となったことは否定できないところである。

しかしながら、被告とフジタとの交渉過程を見ると、和解条項第一〇条の原告の裁定対象の範囲に関し、その他の和解条項及び補足協定書に定められた事柄について、被告とフジタとの間で協議が整わなかった場合には、すべて懸案事項となり、原告の裁定対象事項となるのか否かについて、突き詰めた議論が行われた形跡はないし、また、被告が補遺協定書案(乙一八)において、原告の裁定対象から除外する旨を明示した八項目の懸案事項についても、被告は、和解条項案及び補足協定書案で手当をされた事項以外で、被告とフジタ間において協議を必要とする事項のすべてが、右の八項目であり、これを原告の裁定対象から外すと、原告の裁定事項を実質的に零にすることができると考えていたが、右八項目が、被告とフジタとの間の懸案事項のすべてであるか否かを議論した形跡もないのであるから、その後、乙一八での検討をあきらめ、フジタが提案する補遺協定書案(乙一九、甲一四、二五)に従って、原告の裁定対象範囲の項目を検討するに至った被告の交渉態度を見て、和解条項第一〇条が、被告とフジタとの間の懸案事項について、両者に協議が整わない場合には、包括的に原告の裁定によることを定めた趣旨であるとし、補足協定書第一四条は、和解条項第一〇条に定める原告の裁定対象事項を三項目に絞り込んだものではないと理解して、和解条項及び補足協定書を調印するに至ったというフジタの前記主張及び供述は、十分信用することができるのである。

(四) 次に、被告の和解条項第一〇条及び補足協定書第一四条並びにフジタとの交渉経過についての理解について検討する。

証拠(甲一、乙三、三二)によれば、被告は、一一月三〇日、関係者の打合会を開き、和解条項及び補足協定書の調印について了承をしたが、その際、日高が、その打合会で報告する内容を記載した「イラク高速道路・フジタとの協定内容の件」において、被告とフジタとの間において協議ができなかった場合に、原告の裁定となる事項として、①原契約残+六七億円でカバーするべきコストの内容、②過去一年間の被告からフジタへの支払が遅れたことに対する金利の件、③下水、病院の諸件を挙げていること、そして、①については和解条項第五、第六条において定められている事柄であり、②、③については、補足協定書第一四条(1)、(3)において定められている事柄であることが認められる。さらに、証拠(甲四、一〇、乙一、二)によれば、被告は、原告による本件裁定前から一貫して、和解条項第一〇条に定める原告の裁定対象事項は、補足協定書第一四条に定める三項目に限られることを主張していたことが認められる。

右各事実に加えて、前記2のとおり、被告は、八月二八日以降、原告の裁定権限を認めない、あるいは、裁定対象範囲を狭めるとの方針の下、原告及びフジタと交渉をしてきたのであり、原告の裁定事項を実質的に零にすることを企図して、原告の裁定対象から除外する八項目を明示して提案した補遺協定書案(乙一八)に対し、右八項目のうちの一部について、原告の裁定対象外とすることに同意し、裁定事項として同意した項目だけを掲げて和解条項第一〇条の定めによる旨の補遺協定書案(乙一九)を提案し、さらに、従前フジタが補遺協定書案に入れていたその余の懸案事項及び将来の懸案事項について原告の包括的な裁定権限を認める条項を削除してきたフジタの対応を見て、被告が、右補遺協定書によって、和解条項第一〇条による原告の裁定対象は、三項目に絞られたと理解したという被告の主張及び供述も十分信用するに値するといわなければならない。

(五) 以上によれば、被告、フジタ及び原告において調印された和解条項及び補足協定書は、被告、フジタ及び原告において、原告の裁定対象について、明確な詰めを行わないまま、それぞれに自己に有利な解釈をしたままで締結したものであり、結果的に原告の裁定対象の範囲に関して三者間に意思の合致がなかったといわざるを得ないのである。このことは、第一次和解においても、被告がフジタに支払を約束した金員が、フジタが主張する工事代金の支払であるか、被告が主張する立替金及び融資金であるかについて明確にしないで、双方がそれぞれ自己の都合のよいように解釈すればよいとの態度で、高度の政治的判断によって解決を見たこと(甲一〇)や第二次和解における和解条項第一〇条から代金回収リスク負担者の決定の問題を除外することに関して、第一〇条には、「特に重要な問題については丙の裁定の対象外とする。」とだけ定め、その具体的内容については、原告の被告及びフジタ宛の書簡によっていることなどからも裏付けられるのである(もとより、当時の被告とフジタの考えが鋭く対立している状況の下、なんとか和解を成立させて、本件工事をめぐる紛争を終結させて、高速道路工事をフジタからドロメックス社に引き継がせ、被告とフジタの損失を最小限に抑えることが肝要であったのであり、和解条項及び補足協定書の条項に関して、全く疑義がないように明確にすると、和解自体が成立しない可能性が大きかったのであるから、前記のような状態で和解条項及び補足協定書を調印することは、当時の状況としてはやむを得ない措置であったのであり、これが、原告、被告及びフジタの責めに帰せられるべき事柄ではない。)。

4 以上によれば、本件裁定人契約の締結に際し、被告において、原告の裁定権限の対象とする旨合意していた事項は、和解条項ないし補足協定書に明示的に原告の裁定の余地を認めた事項(和解条項第五条、第六条、補足協定書第五条(1))を除けば、最終的に補足協定書(乙三)第一四条に規定された三項目に限られるものと解されるから、原告は、それ以外の事項については、裁定権限を有しないものと解すべきである。

そして、前記第二の一9のとおり、本件裁定において原告が、被告に対して支払を命じた別紙(二)の一の1ないし13記載の債権のうち、右三項目に含まれる債権は、そのうち13記載の債権のみであることが認められるから、本件裁定については、別紙(二)の一の13記載の債権の支払に関する事項を除き、すべて原告の裁定権限外の事項について行われたものと解すべきである。

前記2、3のとおり、本件裁定人契約の締結に至る過程において、被告とフジタとの間で、本件裁定人契約において原告に裁定を付託する事項の範囲について激しく意見が対立していたことが認められることからすれば、被告及びフジタは、本件裁定人契約締結に際し、原告に対して裁定を付託した事項についてのみ原告の裁定権限を認めるとともに原告に裁定義務を負わせたものであって、右事項について原告が裁定を行った場合においてのみ報酬を支払う意思を有していたものと解されるから、原告は、裁定権限内の事項について裁定を行った場合のみ、被告及びフジタに裁定人としての報酬の支払を請求し得るものと解すべきである。

5  原告の主張について検討を加える。

(一) 原告は、補足協定書は、和解条項の内容が確定した後に、それを実行していく上での技術的手続的事項を定めたものにすぎず、和解条項第一〇条によって付与された原告の裁定権限を限定するものではないと主張し、証拠(甲一六、一八、二一、二六)にも右主張に沿う記載がある。

しかし、証拠(甲一、乙三、六、一二、一三、一六、一七、一九、二一、二二、二四、二五、二七、四二)及び前記2、3の各事実を総合すれば、被告とフジタとの間で和解条項とは別個に補足協定書の作成が検討されるに至ったのは、被告が、後の紛争を避けるために明確かつ詳細な内容の和解条項の作成を求めたにもかかわらず、杉浦弁護士及びフジタが、原告作成の和解条項案(甲一九)の大幅な修正を拒んだことによるものであって、被告自身は、補足協定書に規定した内容についても本来和解条項において規定すべきものと考えていたのであり、かつ、原告及びフジタもそれを認識していたこと、フジタは、当初は和解条項の内容の確定及びそれに基づく和解契約締結の先行を主張していたが、結果的にはそれを待つことなく、被告との間の補足協定書案の内容についての協議に応じていること、最終的には和解条項と補足協定書が同時に、いずれも原告を仲介人として署名押印が行われたこと、文言上も、和解条項は、それだけで第二次和解の内容を確定し得るほど明確な内容を有するものとはいえず、補足協定書と併せ読むことによって初めて第二次和解の内容が明らかになることが認められ、右の事実によれば、被告及びフジタは、補足協定書について、単に和解条項の内容を実行していく上での技術的手続的事項を定めたものではなく、和解条項の内容を明確化し、共に第二次和解の内容を形成するものとの認識の下でその内容について協議を行い、最終的に和解条項と一体となって第二次和解の内容を確定するものとして署名押印したものと認められるのであり、原告の右主張は理由がない。

(二) 原告は、被告とフジタとの間において原告の裁定権限の範囲について争いが生じていたこと及び原告がそれを判断することの困難性を主たる理由として、仮に、本件裁定における判断事項が原告の裁定権限外であったとしても、原告の本件裁定料支払請求権は失われないと主張するが、かかる主張は、被告の意思に反するものであるし、原告が主張する事情は、いずれも裁定権限外の事項に関する裁定について原告の報酬支払請求権を認めることの根拠になり得るものではないから、原告の右主張は理由がない。

二  争点2について

1 証拠(甲一、一六、一八、二一、乙三、三七、五六、五七)によれば、和解条項及び補足協定書において、原告の裁定対象とされている事項について裁定を行うためには、イラクと被告との間で締結された原契約及び被告とフジタとの間で締結された本件請負契約の具体的内容、右各契約締結に至る経緯、契約締結後の事情などについての詳細な知識を要することから、裁定のための事前調査及び実際に裁定を行うには多大な時間と労力と要することが推認されるところ、本件裁定人契約の締結に際し、被告及びフジタが、弁護士である原告に対し、右のような作業を前提とする裁定を依頼し、原告がそれを受諾するに当たり、何ら報酬の支払を予定していなかったというのは不自然である。また、証拠(甲三、四、乙一、二、四六、四八の1ないし3、証人杉浦、同日高)によれば、原告は、第一次和解及び第二次和解の際にも、被告からそれぞれについて三〇〇〇万円、前裁定の際にも被告及びフジタからそれぞれ二〇〇万円の報酬を受領していること、本件裁定前に、原告は、被告及びフジタに対し、裁定を行えば費用がかかるので当事者間の協議によって解決するよう数回にわたって説得したこと、原告が被告に対して本件裁定料の算定方法の申入れを行ったり、本件裁定料の支払請求を行った際も、被告は、本件裁定人契約の有償性自体については争っていなかったことが認められるのであり、以上の事実からすれば、原告、被告及びフジタは、本件裁定人契約の締結に際し、原告が裁定を行った場合は相当額の報酬を支払うことを黙示的に合意していたものと解すべきである。

2  被告は、右黙示的合意の成立を否認するが、その根拠として挙げる点のうち、原告が弁護士としてではなく、被告及びフジタの各代表取締役社長と旧知の間柄にある者として裁定人となることを承諾したとの点については、同様の事情の下で関与したはずである第一次和解、第二次和解及び前裁定において報酬を受領していることに鑑みれば、根拠となり得るものではない。また、第一次和解、第二次和解及び前裁定においては、個別かつ明示の報酬支払合意が存在したとの点については、証拠(乙四八の1ないし3、証人杉浦)によれば、右各合意は、いずれも口頭による合意にすぎず、また、前裁定についての報酬支払合意は、裁定後に行われたことが認められるとともに、本件全証拠によるも、第一次和解及び第二次和解についての報酬支払合意が、右各和解成立前に行われたと認めるに足りる証拠が存在しないことからすれば、同様に根拠となり得ない(なお、原告は、右各和解については裁定人として関与したものではなく、前裁定も本件裁定人契約に基づくものではないとの点も挙げるが、いずれも理由がない。)。さらに、原告が裁定権限を有する事項は第一次和解及び第二次和解への関与のアフターサービスの範疇に入るものであるとの点については、前記1のとおり、本件裁定人契約に基づいて裁定を行うには多大な時間と労力と要することが推認されることに鑑みれば、これを第一次和解及び第二次和解への関与のアフターサービスの範疇に入るものと解することはできないから、同様に根拠となり得るものではない。よって、被告の右主張は理由がない。

三  争点3について

1  前記第二の一8のとおり、被告が、フジタが原告に対して裁定申立てを行った後である平成二年一月三一日、国際商事仲裁協会に対し、フジタを相手方として、既払の立替金及び融資金の返還を求める仲裁申立てを行ったことは、当事者間に争いがなく、また、証拠(乙一、二、四六)によれば、原告が、被告に対し、同年二月一六日付け書面により本件裁定料の算定方法の申入れを行ったのに対し、被告における第二次和解交渉の担当者である日高は、原告に対し、同月二〇日付け書面により、フジタの裁定申立事項につき原告の裁定権限が存在しない以上、右申入れを受諾する立場にない旨回答し、また、同年三月一日付け書面によっても、原告が裁定権限外の問題の裁定を前提としている以上、本件裁定料について受諾する立場にない旨回答したことが認められるところ、右の事実によれば、同年二月二一日の時点において、被告が、フジタの裁定申立事項についての原告の裁定を受け入れる意思を有していなかったことは明らかに認められるから、かかる状況下において、日高が、杉浦弁護士との間で、原告主張のような本件裁定料の支払について合意したものと認めることはできない。

原告は、前記の同月二〇日付け書面(乙二)の内容が、原告の申入れを明確に拒絶したものではないとか、法律上何ら意味を持つものではないと主張するが、前記の事実によれば、被告が、右書面において、原告の本件裁定料の算定方法の申入れないし支払を明確に拒絶していることは明らかに認められるから、原告の右主張は理由がない。また、証拠(証人杉浦)上、右書面が、当時の被告ないし日高の意思を反映したものではないとの証言が存在するが、本件全証拠によるも、右の事実を認めるに足りる客観的証拠は存在しないから、到底採用し得るものではない。

2  そして、本件においては、本件裁定人契約において原告の報酬額についての合意が行われたと認めるに足りる証拠も存在しないことから、かかる場合は、事件の性質や難易、裁定人の費やした時間や労力、裁定により支払が命じられた債権額、裁定に至る経緯、申立人及び相手方との関係、本件裁定当時の原告所属の第二東京弁護士会の報酬会規や仲裁センターの仲裁手数料規程等の諸般の状況を審査して当事者の意思を推定し、もって相当報酬額を算定すべきものと解される。

前記二1のとおり、原告が、第二次和解に基づく裁定を行うに当たっては、前提となる原契約及び本件請負契約の具体的内容、右各契約締結に至る経緯、契約締結後の事情などについての調査並びに実際の裁定について、多大な時間と労力と要することが推認され、また、証拠(甲六ないし一〇、乙四八の1ないし3、乙六〇、証人杉浦)及び弁論の全趣旨によれば、前記一のとおりフジタの被告に対する請求の可否の判断が原告の裁定権限内の事項とされた別紙(二)の一の13記載の債権について、被告がフジタに対する支払を命じられた金額が、一七四〇万四六四三円及びこれに対する平成元年四月二五日から支払済みまで年六パーセントの割合による利息金であること、右債権額を通常訴訟事件において依頼者の得た経済的利益とみて、本件裁定当時施行されていた第二東京弁護士会の報酬会規により報酬金の標準額を算定すると、一二一万五二三二円となるが(一八条一項)、報酬金は、事件の内容により三〇パーセントの割合で増減額が可能であること(同条二項)、本件裁定当時施行されていた第二東京弁護士会の仲裁センターの仲裁手数料規程においては、仲裁成立報酬は、第二東京弁護士会報酬会規に規定された報酬金の標準額を基準として仲裁センターが定めるものとされていたが(四条一項)、平成三年一〇月一日改正後の仲裁手数料規定においては、仲裁判断書に解決額として示される経済的利益の額(紛争の価額)を基準とする仲裁成立手数料の標準額が定められており、前記債権額を紛争の価額とみて仲裁成立手数料の標準額を算定すると、七三万二〇〇〇円となるが(四条一項)、右仲裁成立手数料は、事案の内容により三〇パーセントの範囲内で減額が可能であること(同条二項)、原告は、第一次和解及び第二次和解への関与により、被告からそれぞれについて三〇〇〇万円の報酬を受領し、また、前裁定を行ったことにより、被告及びフジタから各二〇〇万円の報酬を受領したこと、原告は、右報酬とは別に、被告から月額二〇万円の顧問料を受領していたことが、それぞれ認められるところ、以上の事実を総合すると、本件において被告及びフジタが原告の本件裁定に対して支払うべき相当な報酬額は、一二〇万円と認めるのが相当である。

そして、本件全証拠によるも、本件裁定人契約締結時ないしその後において、原告、被告及びフジタの間で、被告及びフジタの本件裁定料の負担割合について何らかの合意が行われたとの事実は認められないから、原告は、右一二〇万円については、被告及びフジタが均等に負担するものとして、被告に対しては、その二分の一相当額の支払を請求できるものと解すべきである。

3  被告は、別紙(二)の一の13記載の債権額が、裁定申立合計額の0.3パーセントにすぎないこと、原告が、既にフジタから着手金名目で二〇〇〇万円の支払を受けているはずであることを理由として、原告は、別紙(二)の一の13記載の債権の支払に関する事項にかかる裁定についても報酬支払請求権を有しないと主張するが、裁定対象金額の裁定申立合計額に占める割合が、裁定人の報酬支払請求権に影響を与えるものとは認められないこと、前記2のとおり、原告の被告に対する報酬支払請求権は、フジタの原告に対する報酬支払とは無関係に発生し存在するものであり、また、フジタと被告との間で、被告において負担すべき報酬についてもフジタが支払う旨の合意が行われたことを認めるに足りる証拠は認められないことからすれば、被告の右主張は採用できない。

4  よって、被告は、原告に対し、本件裁定料として、六〇万円を支払う義務を負うものと解する。

四  争点4について

1  被告は、原告が被告の事前の指摘を無視して裁定権限外の事項について裁定を行うとともに、裁定判断書の理由部分において真実に反する説示や裁定判断には不必要かつ不適切な説示を行った不法行為により、本件裁定について仲裁判断取消請求事件の訴え提起及びフジタが提起した執行判決請求事件への応訴を余儀なくされ、六年間訴訟を追行する負担を強いられるという損害を被った旨主張するが、証拠(乙二九、五四、五九、六三)によれば、被告の主張する右各訴訟事件においては、専ら本件裁定における判断事項についての原告の裁定権限の有無が争われていたことが認められ、右事実からすれば、被告が、仲裁判断取消請求事件の訴えを提起し、また、フジタが提起した執行判決請求事件に応訴するに至ったのは、原告が裁定権限を逸脱した裁定を行ったことを起因とするものであって、本件裁定判断書の理由部分における説示の内容と被告による右各訴訟事件の提起及び追行との間には、因果関係は存在しないものと解されるから、以下、原告が裁定権限を逸脱した裁定を行った行為が、不法行為を構成するか否かについて検討を加える。

前記第二の一6、8及び9のとおり、原告、被告及びフジタが、本件裁定人契約を締結したこと、フジタの原告に対する裁定申立ては、本件裁定人契約に基づくものであることについては争いがなく、また、前記一のとおり、第二次和解交渉においては、いかなる範囲の事項について原告の裁定権限を認めるかについて被告とフジタの間で意見が対立し、協議の結果、和解条項及び補足協定書において原告の裁定の対象となる事項が成文化されたものの、その範囲については必ずしも文言上明確とはいえず、被告とフジタにおいて、原告の裁定の対象とされた範囲について、見解の相違を残したまま、和解条項及び補足協定書の締結に至ったのであり、和解条項及び補足協定書の記載からすると、フジタが理解していたように、原告が和解条項第一〇条によって、補足協定書第一四条に定める三項目のみならず、包括的に裁定権限を有すると解する余地もあったのであるから、結果的に、本件裁定における判断事項が、原告の裁定権限を逸脱するものと判断されたとしても、原告が、フジタの裁定申立てを受けて、フジタと同様の見解をとって、本件裁定を行った行為が、違法性を帯びるとまではいえないものと解するのが相当である。

2 また、被告は、前記1の原告の不法行為により、被告がフジタを相手方として国際商事仲裁協会に対して 申し立てた仲裁事件において、右協会の審理と和解方針に不当な影響が生じ、その結果、被告が右仲裁事件ないしフジタを被告とする訴訟事件において主張していた、フジタに対する一〇〇億円を超える立替金及び融資金の返還請求並びに四〇億円を超える瑕疵担保責任に基づく請求が認められないばかりか、フジタに対して三三億三〇〇〇万円を支払うという極めて不利な解決を受け入れることを余儀なくされたことにより、右支払額と同額の財産的、精神的損害を被ったと主張する。

しかし、本件全証拠によるも、本件裁定における判断内容ないし本件裁定書の説示内容が、国際商事仲裁協会の審理と和解方針に影響を与えたと認めるに足りる客観的証拠は存在しないし、また、そもそも、被告がフジタに対し三三億三〇〇〇万円を支払うこととなったのは、被告も自認するとおり、被告とフジタとの間で、被告がフジタに対し三三億三〇〇〇万円を支払うこと等を内容とする和解が成立したことから、国際商事仲裁協会より右和解と同内容の仲裁判断を受けたことによるものであるところ、かかる内容の和解を受け入れたのは、あくまで被告の意思によるものであって、その結果、被告がフジタに対して和解金を支払うに至ったことをもって、原告の不法行為に基づく損害と解することは到底できない。

3  以上により、被告の不法行為の主張は、いずれもこれを認めることができない。

五  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、主文第一項の限度で正当であるからこれを認容し、その余の本訴請求及び被告の反訴請求は、いずれも失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官前田順司 裁判官日景聡 裁判官小久保孝雄は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官前田順司)

別表<省略>

別紙(一)

一 被告は、フジタに対し、別表(Ⅰ)記載の各債権金額及びこれらに対する別表(Ⅰ)記載の各利息起算日より完済に至るまで別表(Ⅰ)記載の各利息割合により計算した金員(ただし、利息起算日及び利息割合の記載なきものは除く)を支払え。

二 被告は、フジタより別表(Ⅲ)記載の約束手形の振出交付を受けるのと引き換えに、フジタに対し、別表(Ⅱ)記載の各元本金額及びこれらに対する別表(Ⅱ)記載の各利息起算日より完済に至るまで別表(Ⅱ)記載の各利息割合により計算した金員を支払え。

三 被告とフジタとの間で成立した昭和五九年一〇月二二日付け和解契約書及び昭和六二年一二月一日付け和解条項は、有効であることを確認する。

四 フジタのその余の請求を棄却する。

五 本裁定費用(裁定人の報酬を含む)は、これを十分し、その九を被告の負担とし、その一をフジタの負担とする。

別紙(二) <省略>

別紙

(三)

提示日

被告提示案

提示日

フジタ提示案

62.8.7 和解条項(案)(原告作成・乙5)    ※ 原告の裁定について定めた条項なし

62.8.26 和解条項(案)(原告作成・甲17)

第10条 上記の外、甲(丸紅)乙(フジタ)間に懸案となっている事項につき、甲乙は引続き協議して早急に解決をはかるものとし、協議のととのわない場合は丙(原告)の裁定に従うことに同意する。

62.8.28

確認書(乙11)

(9) 下記項目については実務的に事実関係をベースとした今後2ケ月以内を目標として、両者間で合意が得られるよう双方努力する。

A 丸紅が発注済のガードレールの件及びこれに関連する諸件

B 非常電話設備の精算と対イラク交渉の件

C その他従来からの「業務協定」に関連する諸件

※ 原告の裁定について定めた条項なし

62.9.1

(原告のみ)

和解書(案)(乙12)

第15条  乙11の(9)と同じ

第16条  上記の外、甲(フジタ)乙(丸紅)間に懸案となっている事項につき、甲乙は引続き協議して早急に解決をはかるものとする。

62.9.9頃

(原告のみ)

和解条項(案)(乙13―甲17に手書きで修正を加えたもの)

※ 甲17の第10条のうち「協議のととのわない場合は丙の裁定に従うことに同意する」との文言を削除

62.9.9

補足協定書(案)(乙6)

第11項  乙11の(9)と同じ

第12項  乙12の第16条と同じ

※ 原告の裁定について定めた条項なし

62.9.18

原告宛書簡一被告提示の補足協定書(案)(乙6)に対する反論(乙16)

第11項  原則として了解します。但し、弊社よりの提案事項も多々ありますので……後日弊社案の中で提示致します。

第12項  原則として了解しますが、「和解条項」第10条に準ずるものとします。

62.10.9

補足協定書(案)(乙20)

第13項 懸案事項の協議

下記の事項を含みフジタ・丸紅間で懸案となっている事項につき、渡辺弁護士事務所立会いのもとにフジタ・丸紅間契約に基づき協議を行い今後2ケ月以内に両者間の合意が得られる様双方努力するものとする。フジタ・丸紅間で協議が調わない場合は、第12条第1号(国際商事仲裁協会の仲裁について定めた条項)の定めにより併せて決着されるものとする。

(1) 丸紅が発注済のガードレールの件及びこれに関連する事項

(2) 非常電話設備の精算と対イラク交渉の件

(3) フジタ・丸紅間に於ける従来からの業務協定に関連する件

(4) フジタより丸紅に請求した追加クレームの件

(5) 本工事以外にイラクに於けるフジタの既施工済工事(病院、学校、下水工事等)に係る未収工事代金、クレーム金決済の件

(6) DROMEXに発注するに当り、当初のDROMEX見積り33億円に含めることが出来ず予想外に出て来た費用の件

第15条 その他の懸案事項の解決

前第13条のほか、フジタ・丸紅間で懸案となっている事項につき、フジタ・丸紅は誠意をもって引続き協議してそれらの早期解決をはかるものとし、協議の調わぬ時は渡辺弁護士事務所の協力を求め解決を計るものとするが、それでも解決の計れぬ時は両者間締結済みの原協定○項の規定に従いその解決を計る。

又、本項は和解条項及び本協定書に関連してフジタ・丸紅間で新たな問題、懸案事項等が発生した場合においても適用する。

62.9.24

補遺協定書(案)(乙17)

第12条 懸案事項の協議

下記の項目を含み甲(丸紅)乙(フジタ)間で懸案となっている事項につき、丙(原告)立会のもとに甲乙間契約に基づき協議を行ない、今後2ケ月以内に両者間の合意が得られるよう双方努力するものとする。甲乙間で協議が調わない場合は「和解条項」第10条の定めに拠る。

(1) 甲が発注済のガードレールの件及びこれに関連する事項

(2) 非常電話設備の精算と対イラク交渉の件

(3) 甲乙間における従来からの「業務協定」に関連する件

(4) 乙より甲へ請求した追加クレーム金支払の件(以下略)

(5) 乙が丙の要請を受け話合いのため甲乙間工事請負契約の解除を猶予していた期間乙に生じた費用の最終負担者及び負担額決定の件

(6) 本協定書第8条(2)及び(3)(注・工事用機材のドロメックス社に対する賃貸及び売却についての条項)に係る損料ないし売買代金の金額、支払方法及びその他の条件決定の件

(7) 本工事以外のイラクにおける乙既施工済工事(病院、学校、下水工事等)に係る未収工事代金、クレーム金等決着の件

第13条 その他の懸案事項の解決

前第12条のほか、甲乙間で懸案となっている事項につき、甲乙は引続き協議してそれらの早期解決をはかるものとし、協議のととのわない場合は丙の裁定を求めることに同意する。

又本条は、「和解条項」及び本協定書に関連して甲乙間で新たな問題、懸案事項等が発生した場合においても適用する。

62.10.22

補遺協定書(案)(乙21)

第12条  乙17の第12条と同じ

第14条  乙17の第13条と同じ

62.10.23

補遺協定書(案)(乙22)

第12条  乙17の第12条と同じ

第14条  乙17の第13条と同じ

62.10.16 和解条項(案)(原告作成・甲22)

第10条但書 但し、懸案事項のうち特に重要な問題については丙(原告)の裁定の対象から除外する。

62.11.4 和解条項(案)

(原告作成・甲23)(口頭にて合意―62.11.16に書面にて提示)

第10条 上記外、甲(丸紅)乙(フジタ)間に懸案となっている事項につき、甲乙は引続き協議して早急に解決をはかるものとし、協議のととのわない場合は丙(原告)の裁定に従うことに同意する。但し、特に重要な問題については丙の裁定の対象外とする。

62.11.11

補遺協定書(案)(乙18)

62.11.11

三橋による乙18の第14条への書き込み

第14条 懸案事項の協議

下記の丸紅・フジタ間で懸案となっている事項については、和解条項第10条の対象外として丸紅・フジタ間契約に基づき協議を行い、今後2ケ月以内に両者間の合意が得られるよう双方努力するものとする。

(1) 丸紅が発注済のガードレールの件

(2) 非常電話設備の精算の件

(3) 丸紅・フジタ間における「業務協定」の費用に関連する件

(4) フジタより丸紅へ請求した追加クレーム金支払の件(以下略)

(5) 本協定書第8条(2)及び(3)(注・工事用機材のドロメックス社に対する賃貸及び売却についての条項)に係る損料ないし売買代金の金額、支払方法及びその他の条件決定の件

(6) 本工事以外のイラクにおけるフジタの既施工済工事(病院、学校、下水工事等)に係る未収工事代金、クレーム金決着の件

(7) DROMEXに発注するに当り、当初のDROMEX見積り33億円に含めることが出来ず予想外に出て来た費用の件

(8) その他技術的問題及び宗教的問題

※ その他の懸案事項及び将来的な懸案事項について原告の裁定の余地を認める条項は存在しない。

~13頃

※ 懸案事項のうち、(1)ないし(3)、(8)については「第10条より外し」「渡辺弁護士事務所が取扱わない事項」とし、(4)ないし(7)は「第10条に従う」(ただし、(7)につき「見積り……出て来た費用」を「見積りの基礎になっていた条件がフジタの責により変更されることにより発生した費用」と修正)とした上で、(9)として「アイドリング費用」を加えた上で、「アイドリング費は消せない」としている。

62.11.13頃

補遺協定書第14条(案)(乙19)

第14条 懸案事項の協議

下記の丸紅・フジタ間で懸案となっている事項については、渡辺弥栄司弁護士立会いのもとに丸紅・フジタ間契約に基づき協議を行ない、今後2ケ月以内に両者間の合意が得られるよう双方努力するものとする。丸紅・フジタ間で協議がない場合は「和解条項」第10条の定めに拠る。

(1) フジタより丸紅へ請求した追加クレーム金支払の件(以下略)

(注・この項目については抹消されている)

(2) 本工事以外のイラクにおけるフジタ既施工済工事(病院、学校、下水等)に係る未収工事代金、クレーム金決着の件

(3) D/Mに発注するに当り、当初のD/X見積りの基礎になっていた条件がフジタの責により変更されることにより発生する費用の件

(4) 本協定第3条第1項に掲げる工事代金等の支払遅延に係る利息支払の件(以下略)

(5) 瑕疵担保責任期間等の件

62.11.16

補遺協定書(案)(甲24)

第14条は乙18の第14条と同じ

62.11.16

補遺協定書(一部・案)(甲25)

第14条 乙19の第14条から(1)を除いたもの

62.11.17  補足協定書(案)(甲14―以降被告とフジタの合作となる)

第14条  下記の丸紅・フジタ間で懸案となっている事項については、渡辺弥栄司弁護士立会いのもとに丸紅・フジタ間契約に基づき協議を行ない、今後2カ月以内に両者間の合意が得られるよう双方努力するものとする。丸紅・フジタ間で協議が調わない場合は「和解条項」第10条の定めに拠る。

(1) 本工事以外のイラクにおけるフジタ既施工済工事(病院、学校、下水等)に係る未収工事代金、クレーム金等決着の件

(2) ドロメックス社に発注するに当り、当初のドロメックス社見積りの基礎になっていた条件が、フジタの責により変更されることにより発生する費用の件

(3) 本協定書第3条第(1)項に掲げる工事代金等の支払遅延に係る利息支払の件

※ その他の懸案事項及び将来的な懸案事項について原告の裁定の余地を認める条項は存在しない。

62.11.18  補足協定書(案)(甲11)

62.11.18  補足協定書(案)(甲12)        第14条の協議期間が3箇月に延長された以外は甲14の第14条と同じ

62.11.20  補足協定書(案)(甲13)

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